ひみつノート

とりとめのないただの日記です。

猫と犬の手触り

近所を散歩していると、高い確率で猫を見る。このへんは猫が多い地域なんだなあと思いながら、以前「カズレーザーと学ぶ」で見たトキソプラズマのことを考える。

カズレーザーと学ぶ」の中でトキソプラズマは、怒りっぽくなる病気として紹介されていた。今まであまり怒らなかった人が急に怒りっぽくなったら、トキソプラズマに感染している可能性があるらしい。トキソプラズマは猫から感染するらしく、脳に寄生して、一度感染するとずっとそのままらしい。

なんて恐ろしいんだ、と思い、私はそれ以来猫に触れなくなってしまった。


飼うほどではないけど、ずっと犬より猫派だった。(犬もかわいいけど。)たまに散歩中に足元に擦り寄ってくる猫がいて、べたべたは触らないけど可愛すぎてちょっと体に指先で触ってしまうこともあった。でももうトキソプラズマが怖くて猫には触れない。


なのに、なぜか不思議と猫の感触を覚えているのだ。


最後に猫にしっかり触ったのがいつかすら分からないのに、あの、つやつやした毛並みの手触りや、背中を撫でたら思ったより背骨の存在をダイレクトに感じることなど、なぜか手が覚えているのだ。

これは一体何なんだろう、と思う。下手したら20年くらい猫に触っていないのに、いつか誰か友達の家で、猫に触った感触をずっと覚えているのだ。


逆に、犬の感触のほうがおぼろげだ。実家で飼っていた犬(数年前にしんでしまった)は、20年近く生きてくれたし、よく触っていたし、お手もできるいい子だった。

もちろん手触りは覚えている。豆柴の入った雑種だったので毛並みがしっかりしていて、頭の触り心地も、背中のしっかりした毛並みも、肉球の安定感も覚えている。

怖がりで、よその人にはめちゃくちゃ吠えるけど、家族にはすごく懐いていて、私はずっと県外に住んでいてたまにしか会わないのにたまに会うとちぎれるくらいしっぽを振ってくれる可愛い子だった。


けれども、ずっと猫の感触のほうがなぜか強烈なのだ。

結局、猫の背骨の生々しさが私にとって衝撃的だったのだな、と思う。見た目からは分からないあの感触。

またいつか触ってみたいけど、そんな機会は訪れるのだろうか。トキソプラズマも怖いし。